デルタカップ4日前に1000Km調教の旅へ出発!


231日間の闘病を終えて・・・こる象はついにリハビリを開始したのです。
行き先は東北道盛岡南。夏のお盆のこの時期に、エアコン無しで野郎二人の1000Kmの旅。陸奥二人旅です(爆)。



出発直前 花火

エアコンのコンデンサは取り外されてしまったので、うちわが冷房です。19時30分に出発しました。
東北道では花火がこる象の復活を歓迎してくれました。


これがこる象調教計画の詳細だ!!



慣らしの張り紙

計画書を見ての通り、館林までは2000rpm。65km/hしか出ません。(涙)
トラックにカマ掘られそうになりながらの走行です。一応こんなの貼って走りました。R32等に煽られながら、 ひたすら走ります。



添加剤投入!

3時間掛かって、那須高原到着。ここまではこるまる運転でちょっとへろへろ。
ここからは社長の運転。社長もちょっとぐったりしていたので、添加剤をぶち込みました。お茶目な社長さんです。

証拠写真

AM3時。無事中間地点バラン星でなくて、盛岡南ICに到着。早速、記念撮影。
夜中に野郎二人でパチパチ写真を撮る・・・料金所の親父が不思議そうな顔してました。



証拠写真2

社長に言われるまま・・・・こんな所でも撮影です。かなりナチュラルハイ状態なのはお判りになりますでしょうか。



帰りは郡山JCTから磐越→常磐道というルート。速度も出せる様になったので、往路より全然楽でした。
守谷SA前で1000Km走破した瞬間(トリップメータを見て!)。この頃になると日差しも強くとても暑い状態でした。
10時半には舎人に無事帰着。15時間の旅でした。そんな中でも水温は安定し90度以上になることはありません。
今回、社長のお奨めでヒートブロックという製品を投入。恐るべき威力を発揮しました。
これ、夏のデルタにはお奨めです。

昨年のクリスマスイブに壊れてから・・・長かった。
昨年のクリスマスイブに逝ったデルタに向けて、GWにエッセイを書きました。ご紹介しましょう。


「彼女」

彼女は、Massimoの置き場で低くうずくまっていた。
でも、前が少し上がっている。それは彼女の心臓、つまりエンジンが
下ろされているからだ。純正の足(ショック)だともっと極端に背伸びを
するが、彼女にはMassimoスペシャルの足が組まれており、ノーマル程の
背伸びは見あたらない。

彼女との最後のデートは20世紀最後のクリスマスイブの筑波だった。
悲劇はその日に起こった。1LAP目、エンジンから突然の悲鳴。
私は、直ぐさまその悲鳴を聞き分けてあげることはできなかった。
サーキットでの走行であるため、ヘルメットを被っていて、
細かな音に対する判断が難しい状況であったためだ。
1周半回って、ピットロードに入る。
慌ててヘルメットを脱いだ。

パルクフェルメに帰ってきた彼女の心臓は、聞くに耐えない音をしていた。
金属と金属が当たっている音。
素人の私が聞いても、尋常では無いことは直ぐに判断できた。
ピットの入り口で耐えきれずにエンジンを止め。
待機場所まではサーキットクルーに押してもらった。

ごめんな。俺がもっと早くお前の悲鳴を感知できていれば・・・・
そう思い、彼女の顔を見ても、そこには何も変わらない元気な姿の
彼女がいた。

彼女の心臓は、私がイグニッションを切るまでは自分で止まる
ことはなかった。主人の俺が止まれと指示するまでは、彼女の心臓は
悲鳴をあげながらも動き続けたのだ。

なんてやつだ・・・。
もっと早く楽になれば良かったのに・・・・。

数ヶ月後、彼女のオペが開始され、彼女のエンジンの中身を見ると
ひどい状態だった。これで、彼女は生きていたのか?
いや、死んでいたのだろう。筑波の一周目で即死。あとの一周は精神力と
私への思いのみでその心臓を動かしていたに違いない。
紛れもなく彼女のエンジンは動き続けていたのだった。

20世紀最後のクリスマスイブに大切なプレゼントをもらったことを
初めて気が付いた。彼女と俺の信頼関係。

そこまでして・・・バカなやつだ。

タバコに火を付けた。
外傷は無くうずくまった彼女を見ていると、涙が止まらなかった。
5月の清々しい風が吹く、穏やかな舎人の昼下がりの1日、置き場の
少し大きなブロックに腰掛けて、私は彼女を見つめていた。

タバコをため息と一緒に吐き出しすと、どこからか彼女のアイドリングが聞こえたような気がした

文:北方 史象



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